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2023.09.10

バランスの良い朝食で、太りにくくなる理由

目次

  1. 近年における、朝食がより重要視される背景
  2. 朝食が体重管理にどのように影響するのか?(私の考え)
    (1) 朝食をバランスよく食べると太りにくい
    (2) 朝食、昼食を軽くすると太りやすくなる
    (3) 朝食を抜いて、1日2食で太りやすくなる
  3. 結論

前回の記事では「体内時計」「時間栄養学」の考え方を紹介しましたが、まだお読みでない場合はこちらを先にお読みください。

「いつ食べるのか?」は大事だが、「何を食べるか」と組合わせて考えるべき

今回は、朝食を食べることが体重管理にどのように影響するのかについて、具体的に、私の腸内飢餓の理論で説明したいと思います。

1.近年における、朝食がより重要視される背景

(1) 観察的な証拠から、朝食を食べない人に比べ、朝食を食べる人と軽い体重 (低いBMI値)との関連性が示唆されている。

しかし、観察的証拠は因果関係を示すものではない。規則正しい朝食摂取は健康増進行動と関連しており、朝食摂取が健康増進行動の代用である可能性が示唆されている。観察研究における関連性は「健康志向のユーザーバイアス」を反映しているかもしれない[1]

家族での朝食

(2) 短期的な研究では、朝食の食欲、エネルギー消費(代謝)、脂肪酸化などの体重に影響を与える可能性のある生理学的メカニズムが強調されている。しかし、それらの生理学的メカニズムが長期的に体重にどのような影響を与えるかは依然として不明である[2]


(3) 朝食摂取と軽い体重に関するいくつかの仮説では、朝食の摂取がその後のエネルギー摂取の調整に重要であるという推測がなされている。いくつかの研究では、朝食を抜くと昼食時のエネルギー摂取量が多くなることが示されている。その一方、朝食を抜くと、その日のうちにエネルギー摂取量が増えても補いきれず、朝食摂取時と比べて、一日の総カロリー摂取量は減少することを示唆する研究もある[3]


(4) 公衆衛生当局は、一般的に肥満を減らすために朝食の摂取を推奨している。
2014年にアメリカで行われた介入研究では、「朝食を食べるか抜くか」の推奨が体重減少に及ぼす効果が検証された。約300名の減量を希望する過体重又は肥満の参加者は3つのグループ(対照群、朝食群、朝食なし)のいずれかに無作為割付けられ、自由な生活環境で治療の割り当てが減量に効果があるかが16週間に渡り検証された。しかし、目に見える影響は見られなかったという[4]。この介入では、一日の摂取カロリー量、朝食で何を組合わせるかや、食事のタイミングなどは自由とされ、特に指定されていない。


(5) 2006年までの「朝食頻度と体重に関する研究」をMedLine (医学分野の国際的文献データベース) 検索によって分析したレビューによると、以下の問題が指摘されている。

多くの観察研究では、朝食の頻度が肥満や慢性疾患と逆相関していることが分かっているが、観察研究には限界もある。朝食摂取と体重又は慢性疾患リスクを調べた比較的小規模で短期間のランダム化試験はたった4件のみで、結果はまちまちであった。朝食の頻度の測定は殆どが自己申告制であり、何を朝食とするかは各個人の考え方に左右される。そのため、朝食の普遍的な定義や統一された朝食の測定法がないため、朝食と肥満や慢性疾患リスクとの関連を評価するいくつかの横断研究や前向き研究において、相反する結果が得られている可能性がある[5]

2.朝食が体重管理にどのように影響するのか?(私の考え)

今日において、時間栄養学の考え方は非常に大事だと思いますが、代謝やホルモンだけでは説明できない部分が多々あると思っています。

肥満は「食べ過ぎや運動不足」が原因で起こるという従来の考えを元にすると、朝食を食べている人が朝食を抜く人に比べ、一日の摂取カロリーが多いにも関わらず痩せているというのは理屈に合わない訳である。そこで、多くの研究者は、朝食を摂った場合と抜いた場合のエネルギー消費量(代謝)の経時変化を調べることで、長期的なプラスのエネルギー効果を説明しようとしているのだが、私はこの説明には限界があると思っている。

これは、私の「腸内飢餓理論」で説明した方が理にかなっていると考えています。以下で、3つのパターンに分けて説明したいと思います。

(1)朝食をバランスよく食べると太りにくい

朝食は1日のスタートで、朝食を摂ると休んでいた胃腸が活発に動き出します。その朝食で、乳製品、繊維質の野菜、海藻、豆類、タンパク質などいろんな食品を食べておけば、十時間前後に渡り消化されないものが腸内に残るので、腸内の飢餓状態を防ぐことができます。これは我々の腸が7~8 mと長いためです。

また昼も夜もバランスの良い食事を食べていれば、24時間にわたり何らかの未消化な食べ物が残りやすくなり、基本体重がアップしにくいという意味で、太りにくいのです。元々スリムか中型体形で、この様な生活習慣のある人がカロリーなど気にせずに食べても、一生体型が変わりにくいのはその為です。

ただし、既に肥満の人が朝食を食べただけで必ずしも痩せれる訳ではない、ことに注意しないといけません(彼らの基本体重値は既に高いレベルであるため)。

朝食の意義

つまり

  • いつ食べるか
  • 何を食べるか
  • どの様に食べるか

が体重管理に影響を及ぼすのは、それがの動きと密接に関係があるからです。

(2)朝食、昼食を軽くすると太りやすくなる

夕食で補完(新

一方、朝食は食べたとしても太りやすくなる場合があります(基本体重がアップするという意味で)。いわゆる 逆三角形型 の食事で、朝・昼は軽くすまして(昼食を抜くこともあるかもしれない)夕食で不足する栄養やカロリーを補うというもの。

例えば、朝は簡単な朝食(トースト、コーヒー、ハム)で済まし、昼もおにぎり又はハンバーガー、インスタントラーメンなどで済ましたりした場合、(1)で説明したのとは逆に腸内の飢餓状態が生まれやすくなります。

朝食後に胃腸が活発に動き出すと通常はトイレで用を足しますが、するとお腹の中には朝食で食べた物しか残っていません(この場合、主に炭水化物と消化の良い蛋白質)。

昼食も簡単な炭水化物中心の食事で、繊維質などが不足すれば、夕食までに腸の中のすべての食べ物が消化され、腸内飢餓状態ができやすくなるのです。

つまり朝食は、いろんな食品を組合せ、バランス良く摂ると太りにくくなりますが、簡単に済ませると逆に太りやすくなる場合があるのです。

ですから、単なる「朝食を食べよう」という推奨だけでなく、野菜や乳製品など含めてバランス良く食べることが必要なのです。

(3)朝食を抜いて、1日2食で太りやすくなる

朝食を食べない人は、夜型の生活(夜遅くの食事や、寝る前の軽い食事)と関連している可能性があります。つまり、朝食を摂らない主な理由は、食欲がないか、食べる時間がないからではないでしょうか?

朝食を抜けば全員が太る訳ではないけど、私の理論を元にすると、いくつかの条件が重なれば太りやすくなります。一番大きいのは、単純に「昼と夜に何を食べるか」ということと、「食事の間隔」の問題です。完全に1日2食の場合だと、食事間隔は長くなります。夜の10時に夕食を終えるすると、翌日のお昼まで14時間近くも食べないことになります。朝食を抜くとお腹が減るので、日本では、多めの炭水化物(ご飯や麺)と肉中心の食事になる人が多いと感じます。

炭水化物の多い食事

多くの人は、空腹を満たすことだけで満足し、野菜などの繊維質が不足することもあるかも知れません。

しかし朝食を食べていないので、お腹の中には昼食のその食事しか存在しません。その状態で夜の8時、9時まで食べないとすると、徐々に腸内飢餓状態を引き起こしやすく、基本体重は長い目でアップしていく可能性があります。

ある専門家は、朝食を抜いて腹ペコの状態で、炭水化物に偏る食事を食べれば血糖値が急激に上がりやすく、インスリンが多く分泌されると指摘されます。

これも一理あると思いますが、いずれにせよ、「長時間の空腹」と炭水化物などに偏り、野菜の不足するバランスの悪い食事の組合せは、摂取カロリーがそれ程多くなくても、人を太らせる可能性が高くなるのです。

朝起きて食べる時間がないのであれば、せめて牛乳くらいは飲むとか、又は昼食はご飯少なめでバランスのとれた食事をすること、夜の食事が遅くなるのであれば、夕方5時頃にでもヨーグルトやナッツなど何か食べておくことで、腸内飢餓状態になるのを防ぐことができます。

     

3. 結 論

長年に渡り研究者を悩ますのは、「朝食自体が、肥満や慢性疾患リスクの低下と直接的に関連しているのかどうか?つまり、そこに因果関係があるのかどうか?」ということだと思うが、腸内飢餓理論に基づく私の考えは以下の通りです。

(1)まず、朝食を恒常的に摂取する人は、他にも健康的な生活習慣を持っている可能性は十分にあると思う。

ジョギング

例えば、一日を通して、野菜や乳製品、タンパク質などを含む食事をバランス良く摂り、規則正しく一日3回食べているかも知れない。また日頃から運動したり、睡眠をしっかりとったり、概日リズムに歩調を合わせた生活をしている可能性がある。

それに対し、朝食を食べない人の中には、夜型の生活リズムであったり、飲酒や喫煙、睡眠、食事バランスという点で悪い生活習慣をもっている可能性がある。つまり、朝食と関連する多くの交絡因子を含む可能性はあると考えます。

(2)しかし、上記「2」で説明したように、朝の早い時間帯にバランスの良い朝食を食べれば、腸内に未消化の物質が十時間前後に渡り残るため、腸内飢餓が引き起こされるのを防ぐ。その他にも、繊維質・脂質などの未消化の物質が腸内にあることで、血糖値の上昇を抑えたり、食欲の調整など健康上のメリットがあると考える。

一方、朝食を食べたとしても、消化の良い炭水化物やタンパク質・加工食品などに偏るバランスの悪い朝食では、逆に太りやすくもなるので、「朝食」自体に体重の増加を抑止する効果がある訳ではないと思っている。あくまで、「どの食品を組合わせるのか」が大切であると考えます。(この点で、腸内飢餓も交絡因子と言えるかも知れない。)

私個人としては、もし朝食を食べたくなかったらそれでも構わないと思うが、昼食・夕食をバランス良く、適度な炭水化物量で食べることが健康維持や肥満リスク抑止のうえで大切ではないであろうか?


(3) 日本では、「朝食を摂ると体温や代謝がアップし、朝食・昼食でとった栄養素や余分なカロリーは燃やされていくため、たくさん食べても太らない」と言われることがある。一部の専門家は、「代謝」が肥満を解決する特効薬のように説明するが、これは単に、朝食を食べる場合と食べない場合を「代謝」の数値と連動させただけではないだろうか?太っている人の方が、基礎代謝は高いことは既に証明されているのだ。


(4)また私の理論の
では、肥満・過体重の問題は、基本体重の値が高くなっていることを意味しており、既に過体重の人が朝食を食べたからと言って、基本体重が下がる訳ではないと考える。つまり、2014年にアメリカで行われた介入試験 (RCT)で見られる様に、肥満や過体重の人達に無作為に「朝食を食べるか抜くか」という介入が実施されたとしても、朝食の効果を証明するのは難しい可能性がある。しかし、この結果をもって朝食自体に意味がない訳ではないのである。


※今回は朝食中心に書きましたが、「なぜ遅い夕食が太りやすいのか?」という点については以下の記事をご覧下さい。

 【夜遅くの食事は本当に太るのか?】(只今、修正中)

2023.09.09

「いつ食べるのか?」は大事だが、「何を食べるか」と組合わせて考えるべき(時間栄養学)

目次

<プロローグ>
  1. 時間栄養学とは?
  2. 近年の肥満の増加における、食事のタイミングの重要性
  3. 私の考え

近年、ますます重要視されている「時間栄養学」ですが、その背景を簡単にまとめました。このブログの最後に、食事のタイミングと私の腸内飢餓理論との関係について説明したいと思います。

1. 時間栄養学とは?

(1) 地球上の生物は、地球の自転によって生じる24時間の明暗サイクルに活動を同調させている。この生物学的リズムは概日リズムと呼ばれ、"およそ1日 "を意味する。体内時計は生物の自然なタイミング装置であり、概日リズムの周期を調節している。近年の研究で、BMAL1、CLOCK、PER、CRYといった時計遺伝子が概日リズムの振動において中心的な役割を果たしていることが判明した[1]

(2) 体内時計には、2種類があります。視床下部の視交叉上核に存在し、光の合図を受け取る「中枢時計」と、全身の臓器や組織などに存在する「末梢時計」である。

光と闇のサイクルや食事摂取のタイミングなど、外部からの刺激は、中枢時計と末梢組織の代謝リズムをそれぞれ同調させるための日々のシグナルとなる。末梢時計は、中枢時計からの同調作用に加え、食事の摂取に大きく反応する[2]

(3)「時間栄養学」とは、生物学リズムと栄養の間の相互作用、およびこれらの要因と健康との関係を研究するものです。時間栄養学には、エネルギーの分布、食事の頻度と規則性、食事時間の長さ、およびこれらの要因が代謝の健康と慢性疾患のリスクに対して及ぼす相対的な重要性が含まれます。一日の中の食事のタイミングが代謝の健康と一般的な幸福に大きな影響を与える可能性があることを示す研究証拠は増え続けている[3]

日本では、2008年に栄養・食糧学会で初めて「時間栄養学」という言葉が使われました。ダイエットに励む人ほど、朝から晩まで頑張って食べる量を減らそうとするが、食べ物やその栄養も摂る時間帯で効果や影響が大きく変わるのです[4]

2. 近年の肥満の増加における、食事のタイミングの重要性

(1) 私達がいつ何を食べるかは、現代社会の中において大きく変化している。朝食抜きや一日の遅い時間帯の食事など、タイミングを誤った食事パターンが概日リズムを乱し、肥満や関連する心代謝疾患の発症に関与しているという仮説が立てられている[5]

不規則な生活

(2) 一日の早い時間帯又は昼食に多くの割合のエネルギーを摂取する食事パターンは体重増加のリスクを減少させるという3.5 年に及ぶ追跡調査がある[6]。その一方、人における観察研究では、遅い時間帯にエネルギーの多くを摂取する食事では、報告されたカロリー摂取量や身体活動の違いでは説明できない高い肥満リスクと、食事療法などによる減量の成功率の低下と関連している[7]


(3) 2022年に発表された短期的研究(ランダム化比較クロスオーバー試験)においては、遅い食事が、空腹感を増大させ、代謝を低下させ、脂肪生成に関与する分子経路に変化を与えるとする報告があるが[8]、長期的にそれらが人を肥満にするかは依然として実証されていない。

夜勤

(4) これまでの観察研究から、エネルギー摂取量や活動に関連したエネルギー消費量の変化とは関係なく、食事のタイミング自体が体重に影響を及ぼす可能性が示唆される[9]

シフトワーカーや夜遅くに頻繁に食事を摂る集団に肥満リスクの増加が観察される背景には、エネルギー摂取量の乱れだけでは説明できない多面的なメカニズムがある可能性がある[10]
      

3. 私の考え

依然として、「一日の摂取カロリーの合計」が重要視される中で、同じ摂取カロリーであっても、「いつ食べるのか」の重要性が理解され出したのは大きな前進だと思います。そして、タイミング誤った食事が私たちの生物学的リズムを乱すというのは私自身の経験としても納得できるし、時計遺伝子の発見によって今後もこの分野の重要性は増していくと思っています。

実は私の腸内飢餓理論は、「概日リズム」や「時間栄養」とも関係しているのです。食事を摂ると、胃腸が活発に動き始めるからです。バランスの良い朝食や規則正しい食生活を続けると太りにくくなる理由や、夜遅くの食事や不規則な生活が肥満リスクの増加につながるのは私の理論でも説明できるのです。

上記「2」で引用したように、いくつかの観察研究では「遅い時間など誤った時間帯の食事が、カロリーの摂取量の乱れだけでは説明できないような高い肥満リスクと関連している」との考察があるが、私はこのブログを通して説明している通り、肥満自体がもともと摂取又は消費されるカロリー量とは直接関係ないと思っている。食事のバランスが悪い時などに、肥満リスクが現れる典型的なパターンが、 ”朝食抜きや夜型の食事” に代表されるのだ。

食事とバイオリズム

消化の良い炭水化物(白いパン・麺類・マッシュポテトなど)やタンパク質、加工食品に偏るバランスの悪い食事は、不規則な食事のタイミングが重なれば腸内飢餓をより引き起こしやすく、摂取カロリーが多くなくても人は太るのである。

規則正しい時間帯の食事に戻しても肥満が簡単に治療できないとすれば、それは基本体重が高くなっているということを意味しています。

【関連記事】
偏食と不規則な生活が腸内飢餓をつくる(3要素+1)

つまり、「いつ食べるか」は大切だが、「何を、どの様に食べるか」も大切で、それらは常にセットで考えねばならないと思っている。カロリー摂取量だけにフォーカスすると、伝統的な食事スタイルや食事のバランス、の大切さを忘れてしまう場合があるのである。:日本の何割かの栄養士は、「何を、いつ、どの様に食べるか」に加えて伝統的な日本の食事形態が健康の維持に大切であるかをしばしば強調するが、その点については全く同感である。)


「時間栄養」のカテゴリーにおいては、(1)朝食、(2)遅い夕食、(3)食べる回数、(4)不規則な食事、の4つの記事に分けて、私の腸内飢餓理論との関係性をより詳しく説明していきたいと思います。

【関連記事】バランスの良い朝食で、太りにくくなる理由
     

2022.12.20

カロリー計算:アトウォーター係数が完全ではない理由

目次

  1. そもそもAtwater係数とは?
  2. 消化は試験管の中で燃やすのとは全く違うプロセス
  3. 腸内飢餓のメカニズムからの視点
    <結論>

「1カロリーは1カロリーだ」という言い回しがある。これは、「ブロッコリーでも、ごはん・肉・オリーブオイルでも、摂取源に関係なく、食べた1カロリーは、体内でも1カロリーである」という一部の有識者の考えであり、その考えを体重管理に当てはめると、食べる物は何でもいいから、トータルの1日の摂取カロリーだけを気にすることになる。

もちろん人間の体はそんなに単純ではないし、多くの研究者がこれに警鐘をならしている。
私はこれを説明する上で、体の「内部」で起こる反応(吸収された後)と「外部」で起こる反応(吸収される前)を分けて説明すべきと考えました(注1)。今回は体の外部での問題として、食品ラベルのカロリー表示のベースとなっている、アトウォーター(Atwater) のエネルギー換算係数について考えてみたいと思います。

胃腸は体の外部

多くの腸内細菌の学者などが認識するように、胃や腸などの消化器官は体の「外部」であり(腸内悪玉菌が直接体に悪さをしないのも体の外部だから)、私がこのブログで説明してきたこと、つまり「吸収率が重要である」という考えと完全に一致するのである。

(注1:「食事誘発性熱産生」は吸収された後に使われるエネルギーだが、消化に関することなので「外部」の反応としても考えたい。)

1. そもそもAtwater係数とは?

1800年代には、食品を燃やして周囲との温度変化を測定することで食品中の熱量(カロリー)を測定する方法が化学者によって開発されていった。食品を燃やすことは、私たちの体が食品を分解しエネルギーを得る過程と似ていたのである。

1880年代後半、コネティカット州ウェズリアン大学のウィルバー・アトウォーターは、人間がどの程度の割合の食物を消化することができるかを研究していたのです。

アトウォーターは、食品のカロリーを測定するために、熱量計を使った実験を行った。

研究者

水分を蒸発させた食品を一定量の水に囲まれた高圧密閉容器に入れる。容器を密閉し純酸素を送り込み、食品を燃焼させた。そして水の温度上昇から、食品のカロリーが計算された。つまり、水1リットルの温度を1度上げるのに必要なエネルギー量が1kcalである。[1]

しかし消化は十数時間に及ぶ穏やかな一連の化学反応であり、試験管の中で燃やすのとは違う。そのため、食物のカロリーの一定割合しか抽出できない。アトウォーターは、人間のボランティアにいろいろな食べ物を食べさせ、その結果出る糞便の燃焼熱を測定したと言われる。食べ物と便の燃焼熱の差を計算することによって、彼はボランティアが吸収したカロリーを概算したのです。

また、アトウォーターは体内では消化されない炭水化物の食物繊維(注2)や、タンパク質が吸収された後にその一部が尿素として尿中に排泄されることを考慮に入れていたとされる。アトウォーターの実験から120年以上たった今でも、このアトウォーター係数は、すべての食品のカロリー計算の基礎となっている[2]
(注2:現在は食物繊維なども大腸で腸内細菌による発酵分解を受けて短鎖脂肪酸となり、多少のエネルギーを生むことが分かっている[3]。)

主要栄養素

現在、食品メーカーなどで広く使用されている一般的なアトウォーター係数は、1グラムあたり、タンパク質と炭水化物が4kcal、脂肪が9kcal、アルコールは7kcalで、これは食品の種類にかかわらず、すべての食品に適用される

特定のアトウォーター係数の使用も認められているが、それは食品群ごとに異なる係数が使われている[4]

また、この係数はその当時のアメリカ人の平均的な日常食を元に作成された数値なので、日本では、穀類・大豆製品・油脂類・動物性食品など主要な食品については、日本人を対象とする研究によって求められた係数が使われているという[5]

2. 消化は試験管の中で燃やすのとは全く違うプロセス

私達は食べ物を摂取し、それを様々な消化酵素によって、複雑な食物分子を単糖やアミノ酸などの単純な構造に分解し、それを吸収することでエネルギー・栄養を体の中に取り込みます。当たり前ですが、これは実験室内で燃やすのとは全く違うプロセスである。

ロブ・ダン氏(ノースカロライナ州立大学)によると、食品ラベルに記載されるカロリー値は推定値か近似値に基づくもので、正確に反映されたものではないという。

最近の研究では、ある食品から得られる総カロリーを正確に計算するためには、その食品の細胞壁の構造の違い、調理法の違い、異なる食べ物を消化するために使うエネルギー(食事誘発性熱産生)の差、腸内の何億というバクテリアが人間の消化をどの程度助け、逆にカロリーの一部を自分用に盗んでいくのか、といった目まぐるしい要因を考慮しなければならないことが分かっている[6]


<1. 消化されにくい食べ物>

野菜と一概に言っても、葉や茎の固さは同じではありません。ある種の野菜の茎や葉の細胞壁は、ホウレン草、キュウリなどの柔らかい野菜にくらべはるかに丈夫です。また、同じ種類の野菜であっても、成長するほど細胞壁が固く丈夫になり、消化が困難になる傾向があります。

特にトウモロコシ、木の実のような種子は細胞壁がしっかりしており、食品は貴重なカロリーを細胞壁の内に残したまま、一部が消化されずに体内を通過することができるのです。

米国農務省のジャネット・A・ノボトニーらの研究(2012年)によると、人々がアーモンドを食べるとき、ラベルに記載されている170 kcalではなく、1食あたりわずか129 kcalを摂取することが判明しました。

細胞壁固い野菜

ピーナッツ、アーモンド、クルミなどナッツ類は、タンパク質、炭水化物、脂肪が同程度の他の食品よりも細胞構造がしっかりしており、その細胞壁が消化を制限していることが証明され始めているのである[7]。アトウォーター係数ではナッツ類の消化率が過大評価されている可能性があるのです。
   


<2. 調理の行程によってカロリーは変化する>

またロブ・ダン氏によると、現代のカロリー表示の最大の問題点は、食べ物から得られるエネルギー量を劇的に変化させた食品の調理・加工する方法を考慮していないことだと言われている。

私たち人類は、生の食べ物に火を入れることを覚えた。煮たり、焼いたり、炒めたり、発酵させたり、さまざまな加工を行い、食べやすく柔らかくすることを覚えた。それによって、食品から抽出するカロリーを劇的に増加させたはずである[8]

さらに工業的な食品加工は、食べ物を高温・高圧の中にさらすだけでなく、空気を加えソフトに仕上げることで、さらにカロリーを吸収しやすくしているとの指摘もある。

消化の良くないとされるコーンはポタージュに、生のピーナツは焙煎しピーナツバターに加工される。このようにすることで、摂取できる栄養やエネルギーは飛躍的に増加したと考えれるであろう。つまり同じ豚肉でも、すべて同じでない。ブロックで焼くのと、パテにするのとでは消化で使われるエネルギーも、栄養の吸収のスピードも変わってくるのである。


<3. 消化・免疫の為に必要なエネルギー>

消化に要するエネルギーも同じでないことが研究で明らかになっている。これは食事誘発性熱産生と呼ばれ、タンパク質はアミノ酸に、脂肪は脂肪酸に、炭水化物はグルコースに変換され吸収されるのだが、その際に大きなエネルギーを必要とすることが分かっている。タンパク質が分解される際に、酵素がその緊密な結合を解きほぐす必要があるため、脂肪の5倍ものエネルギーを消化に必要とするそうです[9]

また全粒粉と精白された小麦でも異なる。2010年に行われた研究では、ひまわりの種、穀粒、チェダーチーズが入った600または800カロリーの全粒粉パンを食べた人は、同じ量の白パンとプロセスチーズ製品を食べた人に比べて、その食べ物を消化するために2倍のエネルギーを消費したことが分かった。その結果、全粒粉パンを食べた人は、摂取カロリーを10%少なくすることができたとい言う[10]

肉ユッケ、生レバー

また日本人や韓国人は文化的に生魚や生肉を食べるのが好きだ。しかし生の肉などは危険な微生物がたくさん潜んでおり、私たちの免疫システムが病原体を攻撃したり、菌を特定したりするためにエネルギーを使うことが判明していると言われる[11]

生のタルタルステーキよりも、同じ量の火を通した肉の方が消化にかかるエネルギーも少なく、有効となるカロリーが多い可能性があると言われている。


<4. 消化酵素・腸内細菌の違い>

牛乳に含まれる乳糖を分解するのに必要なラクターゼという酵素は、ほとんどの赤ちゃんは持っているが、成人になるにつれ分泌が減ると言われている。

またお米やスパゲティーなどのデンプンは調理した後に放置され冷めると、一部のデンプンが再結晶してヒトの小腸では消化されない難消化性に変化することが分かっている(レジスタントスターチ)。

さらに、特定の民族にしか存在しない微生物もいる。例えば、多くの日本人の腸内には、海藻を分解するのに適した腸内細菌がいると言われている。この腸内細菌は、生の海藻に付着していた海洋細菌から、海藻を分解する遺伝子を盗んだものであることが判明している[12]
   


<5. 計算方法によって違いがでる>

一般的なアトウォーター係数は、当時のアメリカ人の平均的な日常食を考慮して、炭水化物・脂質・タンパク質の消化吸収率を97, 95, 92 %とし、それを補正して、1グラムあたり、タンパク質と炭水化物が 4kcal、脂質が9kcal、アルコールが7kcalとしたものである[13]タンパク質であれば植物性か動物性かの違いがあるし、炭水化物では単糖か多糖類で代謝可能なエネルギー値が若干異なるが、それらを平均して導かれた値なのである。

その他にも、食品をいくつかのグループに分け、そのグループの代表的な食品について求めた係数をグループ全体に適用する特定のアトウォーター係数もある。

アメリカの食品医薬品局(FDA)では、これらを含め合計5つの測定方法を認めており、食品会社が選択する方法によっては表示カロリーにバラつきがでると指摘する方もいる[14]。そういう曖昧さを積み上げていくと、1日当たりの摂取カロリーは、大きく変わることがありうるだろう。
   


<この節の総括>

ロブ・ダン氏は次のように指摘される。

(1)アーモンドの例のように、すべての食品ごとに、アトウォーター・システムを修正することは可能である。しかし、その場合、すべての食品ごとに便と尿を再調査する必要があるだろう。

(2)しかしカロリー計算を全面的に見直したとしても、食品から抽出されるカロリーの量は、食品と人間の体や多くの微生物との複雑な相互作用によって決まるため、正確な数値になることはないであろう。とりわけ、消化の過程は非常に複雑であり、誰にでも合う確実なカロリー計算のための公式を導き出すことはおそらく不可能であろう。

(3)それよりも、食べ物から得られるエネルギーについて、人間の生物学的な観点からもっと慎重に考えるべきでしょう。加工食品は胃や腸で簡単に消化されるため、少ない労力で多くのエネルギーを摂取することができます。
一方、野菜やナッツ、全粒粉などは、カロリーの割に消化に労力を要し、加工食品よりもはるかに多くのビタミンや栄養素を含み、腸内細菌を幸せな状態に保ってくれるのです[15]
    

3.腸内飢餓のメカニズムからの視点

アトウォーター氏含め当時の栄養学者は、人々が十分な栄養を摂取できるように尽力されたし、その係数に基づくカロリー計算システムには大きなメリットがある。しかしそれは一部で間違った形で認識され、今や肥満や体重増加の問題も引き起こしているのではないだろうか?

肥満の問題がいつまでたっても解決されない理由は、多くの人が「摂取又は消費したカロリーの数値」にこだわり過ぎるあまり、一番大切なことを忘れていることだ。


どういうことかと言うと、例えば、
加工度の低い全粒粉のパンとナッツ、チキンソテーの食事(400kcal)を食べたとしよう。消化にかかるエネルギーなどを考慮した結果、実質的に摂取カロリーを10%少なくできた(360kcal) と仮定して、「360kcal 分の白パンとチキンテリーヌを食べれば一緒ではないか」という議論は全くナンセンスである。

全粒粉のパン、ナッツは消化されない固い繊維質が最後まで残るため、腸内では「食べ物がまだある」というメッセージだが、白い食パンと消化の良いタンパク質などの組合せは、すばやく消化され、私の理論の3要素(+1)の条件を満たせば「食べ物がもう無い」という腸内飢餓のメッセージを小腸を通して脳に送るだろう。

つまり毎日の摂取カロリー合計を減らしたにも関わらず、太る原因となることがある。

同様に、一日の摂取カロリーを減らすためにしばしば行われるアドバイスや行為;「朝食を抜く」「昼食をカップ麺などの軽食で済ます」なども、逆に腸内飢餓を引き起こし太る原因となる可能性がある。


▽私はこのブログ全体を通して、基本体重(Base weight)の違いが「肥満の人と痩せている人の根本的な違いである」ということを説明しているのですが、基本体重が高いことは「腸の吸収率が高い」ことを意味していて、それは腸内飢餓によってアップします。

そして腸内飢餓を引き起こす重要な要素の1つが「消化力」であるので、消化率も吸収率も私の理論上は極めて重要である。にもかかわらず、被験者の平均値を元にした数値だけを「全て」と信じれば、それらを無視することになるのである。多種多様な人々の消化率や吸収率は実験に参加した被験者の平均値では語れないと思う。


■アトウォーター係数での吸収率の問題については、以下の記事をご覧ください。

【関連記事】摂取カロリーを単純合計することに意味はない

結 論

アトウォーター係数はその食品がどれだけのエネルギーを含んでいるのかの尺度だが、肥満の問題を扱うには不十分である。消化に要するエネルギーや食品組成などを考慮し、アトウォーター係数をより正確にしたとしても、数値だけで判断するのであれば肥満の問題は解消しないと考えます。


一つの案として、
加工度の高い食品にマーク、加工度の低いものにマークなどをつける「信号機」システムを導入し、消費者に注意喚起してはどうか、ということが一部の研究者の中で提案されているようだが[16]、それには私も賛成である。また、満腹度、噛む回数、消化のスピード(難消化性)などを組み合わせた信号機システムも可能だ。

伝統食

今、私達に必要なことは、いかにも科学的に見える「カロリー計算」という見かけの正確性から少し離れ、伝統的な食事・食習慣を見直すことではないだろうか。

ロブ・ダン氏も指摘された事と重複するが、伝統的な野菜料理・豆料理・ナッツ・小魚、加工されていない肉・魚、乳製品、発酵食品、全粒粉のパン(ごはん)などを食べることは、カロリー上のメリットだけでは説明ができない。

それらの食品は加工食品よりもはるかに多くのビタミンやミネラルを含み、繊維質は腸内細菌を良好な状態に保ち、適度な満腹感を与え、急激な血糖値の上昇を予防するなど、様々な健康上のメリットを与えてくれるのです。

食べ方によっては、摂取カロリーなど気にせず、痩せることも可能であるはずです。

参考文献:
[1][2](Giles Yeo, "Calories on food packets are wrong–it's time to change that",2021) 
[3](Japan Food Research Laboratories, 「食品のエネルギーについて」,2003) 
[4](The Nutrition Coordinating Center(NCC),"Primary Energy Sources")
[5](高田和子,摂取したエネルギーの体内での吸収と利用, 体力科学(2007)56, 287-290)
[6][7][8][9][10][11][12][15] (Rob Dunn,"Science Reveals Why Calorie Counts Are All Wrong",2013)
[13](高田和子,摂取したエネルギーの体内での吸収と利用, 体力科学(2007)56, P.288)
[14](Cynthia Graber, Nicola Twilley, “Why the calorie is broken”, BBC future, 2016) 
[16](Richard Wrangham, Rachel Carmody, Harvard University,”Why Most Calorie Counts Are Wrong”, 2015))

2022.09.25

摂取カロリーを減らすと、体は自動的に消費を減らす

目次

  1. 運動以外の「消費エネルギー」は一定ではない
  2. 摂取カロリーを減らした時に何が起きるのか?
  3. 摂取と消費は相互に依存している(私の感想)
<まとめ>

以下の記事で、「ダイエット(食べる量を減らす、運動をする)が上手くいかなかった」という研究結果をいくつか見てきましたが、多くのダイエット経験者が感じるのは『減った体重が思ったよりもはるかに少ない』ということではないでしょうか?

【関連記事】ダイエットは、長期的にはほぼ成果なし

今回は単に、『摂取カロリーを減らせば、体にどんな反応が起こるのか』について見ていきたいと思います。これまでに、従来のカロリー制限系のダイエットをしたことのある人にとっては、身に覚えのあることだと思います。ほとんどが引用になってしまうのですが、とても興味深い内容なので紹介します。

1.運動以外の「消費エネルギー」は一定ではない

「The Obesity Code」Dr. ジェイソン・ファン著(2019年)より引用

私たちは摂取カロリーのことは気にするくせに、「運動以外で消費されるカロリー」のことはほとんど考えない。摂取カロリーを計算するのは簡単にできるが、体全体のエネルギー消費量の計算は複雑だ。

エネルギーがどう消費されるかはホルモンによって自動的にコントロールされるため、私たちが意識的にコントロールできるのは運動によるエネルギー消費だけとなる。
「脂肪の蓄積にこれくらい、新しい骨の形成にはこれくらいのエネルギーを振り分けよう」と自分で決めることはできない。

だから、運動以外で消費されるエネルギーは「常に一定である」というわかりやすい仮説が生まれたのだが、これは完全に間違いである。

ジョギング

基礎代謝量、食事による熱発生効果、非運動性熱産生、運動後過剰酸素消費量、それから運動によって消費されたものをすべて足し合わせたものが、「総エネルギー消費量」だが、この数値は、摂取カロリーやその他の要因で、人によっては50%も前後する。(略)

仮に、私たちが一日に2,000 kcalの化学エネルギー (食べ物)を摂り入れるとしよう。この2,000 kcalはどのような代謝活動に使われるだろうか? 可能性として挙げられるのは、次のようなものだ。

・熱の発生 ・たんぱく質の合成 ・新しい骨や筋肉の形成・認知(脳) ・心拍数の上昇 ・1回拍出量(心臓が1回の拍動で送り出す血液の量)の増加 ・身体運動 ・解毒作用(肝臓、腎臓) ・消化(すい臓、腸) ・呼吸(肺) ・排泄(腸および結腸) ・脂肪の生成

五臓六腑(図)

私たちは、摂取したエネルギーが燃やされて熱になっても、たんぱく質の合成に使われてもまったく気にしないのに、ことエネルギーが脂肪として蓄えられるとなると気になって仕方がなくなる。

だが、人間の体が過剰なエネルギーを消費する方法は、体脂肪として蓄えるほかにも無数にあるのだ。

(略)

2.摂取カロリーを減らした時に何が起きるのか?

<ワシントンでのカロリー制限実験>

1919年、ワシントンのカーネギー研究所で、摂取カロリーを減らしたときにエネル ギーの総消費量がどのように変化するかについての詳しい研究が行われた。

研究対象とな ったボランティアは、1日1,400 kcalから2,100 kcal程度に食事を制限する半飢餓状態におかれ、経過を観察される。これは通常の摂取カロリーより30 %削減された食事である(今日の減量のための食事療法では、ほぼ同じレベルのカロリー 制限が課されている)。

その結果、実験参加者の総エネルギー消費量は 30%も減少し、平均して、実験前のおよそ3,000 kcalから1,950 kcalに減っていた。100年近くも前から、摂取カロ リーは消費カロリーに深く関わっていることが明らかだったわけだ。 
   

<ミネソタ飢餓実験>

その数十年後の1944年~45年、今度はアンセル・キーズ博士(1904~2004年)が飢餓実験を行っている。(略)
ミネソタの実験では、カロリー制限をしている時期と、飢餓状態からの回復期における人間の状態を理解する目的で行われた。(略)

実験内容はこうだ。被験者は平均身長 178センチ、平均体重 68・3キロの健康で、平均的な体格の若い男性36人。
始めの3か月、被験者は1日の摂取カロリーを 3,200 kcalとする、ごく標準的な食生活を送った。次の6か月は半飢餓状態にするため、1,570 kcalのみが与えられたが、目標である体重24%減(もとの体重比)を達成するよう摂取カロリーの調整が行われたため、1日の摂取カロリーを 1,000 kcal未満に制限された男性もいた。

炭水化物

与えられた食事は高炭水化物のものばかりで、ちょうど 戦後の荒廃したヨーロッパで手に入る食べ物と同じようなもの(ジャガイモ、パン、マカ ロニなど)が与えられた。肉や乳製品などはほとんど与えられなかった。加えて、彼らは 運動として週に22キロ歩かされた。
カロリー制限の時期が終わると、3か月間のリハビリ期間に入り、この間、徐々に摂取カロリーを3,000 kcalまで増やしていく。


いったい何が起こったのか。
実験を始めるまで、被験者たちは一日 約3,000 kcalを摂り、消費していた。それが突然、摂取カロリーを1日約1,500 kcalに減らされたことで、体の機能は30~40%のエネルギー削減を余儀なくされ、彼らの体内では混乱が生じたのだ。 

  • 体温が下がる。その結果、常に寒けを覚える。
  • 心臓のポンプ機能が弱くなり、心拍数と1回拍出量が減る。 
  • 血圧が過度に下がる。
  • 脳の認知機能が弱くなる。倦怠感を覚え、集中力が欠如する。
  • 動けなくなり、身体活動が不活発になる。
  • 髪や爪が生え変わらなくなり、爪が割れ、髪が抜ける。

毎日1,500 kcalしか摂取しないのに、体が毎日3,000 kcalのエネルギーを使い続けたとしたら、いずれ死に至る。当然である。だから、体はエネルギーのバランスをとるため、自動的に1日の消費カロリーを1,500 kcalに抑えようとするのだ。(略)ミネソタ飢餓実験の被験者たちは35・3キロほど体重が落ちる計算だったが、実際に落ちたのは16・8キロだけで、予測の半分以下にとどまった。


そのあと、被験者の体重はどうなっただろうか? 

半飢餓状態にあるとき、体脂肪は体重よりもずっと速く落ちていった。体に力を与えるため、体内に蓄積されていた脂肪から先に使われていくからだ。回復期に入ると、被験者の体重はおよそ12週間で元に戻った。だが、体重はその後も増え続け、結果的に実験前の体重よりも重たくなってしまった。(略)

ダイエット

摂取カロリーを減らすと消費カロリーも必然的に減るので、「摂取カロリーを減らせば 体重が減る」という理論の根幹となる仮定条件が、そもそも間違っているのだ。この結論は、これまでに何度も証明されてきた。

それでも私たちは、「今回のダイエットこそはどうか成功しますように」と願い続けている。うまくいくことはない。

カロリー制限をしたり、1回の食事量を減らしたりしても、倦怠感と空腹感を覚えるだけなのだ、と。最悪なのは...減った体重がすべて元に戻ってしまうことである。(引用以上)

(注)この「ミネソタ飢餓実験」と、私の言う「腸内飢餓によって人が太る」と言うのは意味が異なります。

3.摂取と消費は相互に依存している(私の感想)

「ミネソタ飢餓実験」について少し気になった点は、被験者が実験に入る前に食べていた 3,200 kcalが平均体重68キロの人が必要とする1日の摂取カロリーより高い気がした。これをベースに試験開始後のカロリー(1,570kcal)と比較するのは適正なのかということである。
もう一つは、この実験では被験者は肉や乳製品はほとんど与えられなかったということだが、微量栄養素(鉄、カルシウム、銅、亜鉛)やビタミン、タンパク質などは代謝に関わる栄養素もあるし、その不足は様々な病状を引き起こす。つまり被験者に起こった様々な症状は単に『カロリー摂取量』だけの問題ではないはずだ。この点は考慮して欲しい。
しかし、実験の本来の目的、その規模、過酷さを考えるとこのデータは貴重なものであると思うし、尊重しないといけないと思う。


▽私は痩せているのでダイエットはしたことはないが、同じ様な体の反応はもちろん経験がある。
30代の時、京都の和食店で働いていたが、忙しい桜や紅葉・年末の時期は休憩も食事もなしで12時間以上働く時もよくあった。体が疲れているので、無駄な動きはしないようになり、指先は冷たくなる。栄養分や酸素を細胞に運ぶために心臓の鼓動が激しくなる。元気に振舞ってはいても口数は減り、仕事の後の食べ物のことしか考えなくなる。


現在は調理の仕事は辞めているが、健康診断の時(朝食を抜いているので)、私の脈拍数は1分間に35程度の時がある。医者に「低すぎるからペースメーカーを入れた方がいい」と言われたこともあるが、断っている。

私は血液が少ないのは自分が分かっているから、血液を無理に循環させても別のところに歪(ひずみ)が来てしまうのではないかと思ったし、体が無駄なエネルギーを使わないためにワザと代謝を低く調整しているのだとも思っている。すべては、自分の意思とは関係がない。ホルモンのなせる技である。

ロボット

ゲーリー・トーベス氏が、「人はなぜ太るのか」で説明されたように、私たちはロボットではない。人間を含め動物はすべて命を最優先にするため、脳・心臓・肺・肝臓などをストップさせることはできない。
そのため食事を制限された動物は無意識に不活発になったり、優先度の低い可能なところから少しづつ代謝を減らすと考えるのは妥当ではないだろうか?

摂取カロリーと消費カロリーは、相互に依存している。数学的に言うなら独立変数ではなく、従属変数である。[1]

(引用元 [1]:「人はなぜ太るのか」P.89)

まとめ

(1) 運動以外で消費される(基礎代謝などの)消費エネルギーはホルモンにより自動でコントロールされるが、その値は一定ではない。摂取カロリーを減らせば、消費されるエネルギーも減ることが確認されている。

(2) 1919年、ワシントンのカーネギー研究所で行われた研究では、摂取カロリーが30 %削減されると総エネルギー消費量もおよそ30%も減少した。

(3) 1944年に行われたミネソタ飢餓実験では、被験者たちは摂取カロリーを約3千kcalから約1,500 kcalに減らされたことで、体の機能は30~40 %のエネルギー削減を余儀なくされた。体重減少だけでなく様々な症状が確認された。 

(4) 戦争、飢饉または科学実験で半飢餓状態におかれた人たちは、いつも空腹を感じるだけでなく、無気力になり、エネルギー消費量も少ない。体温が低下するため、彼らは常に寒さを感じる傾向にある。私たちが摂取するエネルギーと消費するエネルギーは相互に依存している
    

2022.07.15

アトキンス(糖質制限):体重減少の長期的な効果はいかに?

<目次>

  1. アトキンスダイエットとは?
  2. 様々なダイエット法の比較試験
  3. アトキンス法の長期的な結果は?
  4. お米を食べるアジア人が痩せているのは?
  5. 私の考え
    <まとめ>

1.アトキンス・ダイエットとは?

アトキンス・ダイエットとは、心臓病専門医であるロバート・アトキンス( Robert Atkins )が提唱した低炭水化物ダイエットの一種で、エネルギーとなる「糖質」を制限し、その代わりに「脂肪」をエネルギー源とするものです。初めの2週間は糖質を1日20~25グラムまでに制限し、その後、徐々に増やすことを特徴としています。

[The Obesity Code] の著者であるジェイソン・ファン氏によると、アトキンス博士は1963年当時100キロ近くあり、ニューヨークで心臓病専門医として働き始めたことをきっかけに彼自身が痩せる必要があった。しかし従来のカロリー制限ダイエットではうまく体重を減らすことができず、昔からある低炭水化物ダイエットを試したところ上手く行き、そこで患者にも勧めたそうです。

医師

1972年には『アトキンス博士のダイエット革命』を出版し、この本は瞬く間にベストセラーとなった。

当時、米国医師会では依然として、食事中の高脂肪は心臓病や脳卒中を引き起こす原因と考えられており、高たんぱく・高脂質を許す「低炭水化物ダイエット」は受け入れられなかったそうだ。しかしそれをものともせず、1990年代から再燃した低炭水化物ダイエットの人気を背景に、アトキンスダイエットは一大ブームとなった。

2004年には、2600万人のアメリカ人が何らかの低炭水化物ダイエットをしていると答えている。[1]

2005年前後から、アトキンスダイエットと、かつて標準とされたダイエット法を比較する新しい研究が始まったそうですが、その結果はどうだったのでしょうか?詳しく見てみましょう。
この記事の最後に私の考えを述べたいと思います。

【関連記事】炭水化物が太るのか、カロリーが太るのか?論争

2.様々なダイエット食の比較試験

(【The Obesity Code 】 ジェイソン・ファン著, 2019年)より引用

"2007年には、『米国医師会雑誌』がより詳細な研究結果を掲載した。この研究では、 当時よく行われていた4つの異なるダイエット法の比較試験が行われた。その結果、ひとつのダイエット法の効果が抜きんでていた-アトキンスだ。

その他の3つ脂質の摂取量を極めて低くする「オーニッシュ・ダイエット」、たんぱく質・炭水化物・脂質の割合を30:40:30にする「ゾーン・ダイエット」、標準的な「低脂質ダイエット」) は、体重の減少という点については似通った結果となった。

医師と患者

しかし、アトキンスをオーニッシュと比べると、アトキンス・ダイエットのほうは体重が減っただけでなく、全身の代謝もよくなったことが明らかになった。血圧、コレステロール値、血糖値もすべて、大幅に改善していた。

▽2008年に行われたDIRECT試験 (食事介入による無作為比較試験)で、アトキンスはごく短期間で体重を減らせることが、改めて確認された。
イスラエルで行われたこの試験では、
「地中海食ダイエット」「低脂質ダイエット」「アトキンス・ダ イエット」の比較が行われた。

その結果、地中海食ダイエットには、体脂肪減少に大きな効果があるアトキンスと同じような効果が見られたが、AHA(アメリカ心臓協会)が標準とした低脂質ダイエットは、屈辱的な結果に終わった―嘆かわしい結果で、被験者は疲れ切ってしまったし、このダイエット法を好まなかった。このダイエット法を支持していたのは、医学研究者だけだった。"[2]
   

3.アトキンス法の長期的な結果は?

引き続き【The Obesity Code 】より

"アトキンス・ダイエットを長期にわたって研究したところ、長い目で見ると思ったほど効果が出なかったのだ(ダイエットは長い目で見なければいけない)。

テンプル大学のゲイリー・フォスター教授が2年にわたる研究の結果を公表したのだが、 その結果は、低脂質ダイエットをしたグループとアトキンス・ダイエットをしたグループ のどちらも体重は減少したが、その後、どちらもほとんど同じ割合で体重が元に戻ったというものだった。(略)すべてのダイエット法の試験に対して徹底的なレビューを行ったところ、低炭水化物ダイエットの利点のほとんどが、1 年後にはなくなっていたことがわかった。

スイーツ、お菓子

「カロリー計算をする必要がないのでダイエットが長続きする」というのがアトキンス法の大きなウリのひとつだった。だが、食べる物を厳格に制限するアトキンス法 は、従来どおりカロリー計算をしながら食べる方法に比べても、決して簡単ではないことがわかった。

どちらのグループも、ダイエットが続いた期間は同じで、40%近くが1年以内にやめてしまっていた。

後から考えると、この結果はいくらか予想できた。アトキンス法は、ケー キ・クッキー・アイスクリーム、そのほかのデザートなど、甘いものを厳しく制限していた。(略)

どんなダイエット法を信じていようが、こうした食べ物を食べると太るのは明らかだ。 それでも私たちが食べるのをやめられないのは、甘いものを食べると気分がよくなるからだ。アトキンス・ダイエットはこのシンプルな事実を認めないがために、理論的には正しくても失敗してしまったのだ。

何百万人もの人がアトキンス法をやめ、新しいダイエット革命は、一時期だけ流行ったダイエット法のひとつに成り下がってしまった。アトキンス博士が1989年に設立した会社は、顧客離れにより多額の負債を抱え、倒産した。減量の恩恵は続かなかった。

だが、いったいなぜだ? 低炭水化物のダイエット法のもとになった原理は、「食品に含まれる炭水化物は血糖値を最も上げる」ということだった。血糖値が高いとインスリンの分泌量も増える。インスリンが増えることが、肥満の最大原因だ。 こうした事実は、十分に合理的に見える。いったい何がいけなかったのだろう?"[3]

4.お米を食べるアジア人が痩せているのは?

引き続き【The Obesity Code 】より

"炭水化物・インスリン仮説は「炭水化物が太るもとだ、なぜならインスリンが分泌されてしまうから」というもので、この説自体は間違ってはいない。だが、この説は不完全だ。様々な問題点が挙げられるが、「米を主食とするアジア人のパラドックス」が最も顕著な例だ。

お米文化

ほとんどのアジア人は、少なくともここ50年、精白した米、つまり精製された炭水化物を主食とした食事をしている。それでも最近まで、 アジアの人々が肥満になるのは極めて稀なケースだった。

1990年代末に行われた調査では、日本の炭水化物摂取量 はイギリスやアメリカと類似しているが、糖分の摂取量ははるかに少ない。炭水化物の摂取量が多いにもかかわらず、中国と日本の肥満率は、つい最近まで非常に低い値だった。(略)

よって「炭水化物・インスリン仮説」は正しくないことになるが、ここには明らかに何か他の要因がある。炭水化物の摂取量だけが問題ではなかったのだ。

精製された炭水化物そのものよりも、「糖分」のほうがはるかに肥満の原因になっているのかもしれない。「食べるのが米か小麦かによって大きな違いが出る」という説も考えられなくもない。アジア人は米を食べることが多いが、西洋社会で食べる炭水化物は精製された小麦粉やトウモロコシ製品だ。(略)

これでは、パズルの肝心な1ピースが欠けたままだ。"[4](引用以上)

5.私の考え

お米か小麦かという話が出たので、まずこれについて少しお話したいと思います。

Dr. Fung氏が指摘されるように、炭水化物の量だけが問題ではない。お米か小麦かと言えば、お米の方が一般的に消化が悪いため、私の理論上は、小麦より太りにくいと言えるかも知れない。

近年の日本における肥満率の増加は、小麦製品も含む消化の良い炭水化物、バランスの悪い食事、不規則な生活リズムが大きな要因だと思っている。

そしてそれらは、私の腸内飢餓理論の「3要素+1」によって説明できると私は信じています。

不規則な生活リズム

(不規則な生活リズム)

<なぜアトキンスもリバウンドしたのか?>

これまでのどんなダイエット法でもリバウンドはつきものですが、リバウンドしないためには、私の言う基本体重(Base weight) そのものを低くしないといけないと考えています。その方法については、以下の記事をご覧ください。

正しく痩せるためには2段階のプロセスが必要


今回のリバウンドについて言うと、
必ずしもアトキンスを含め「糖質制限ダイエットに効果がない」ということにはならないと思っています。正しく痩せるための方法としては一番近いと思っています。しかし、「血糖値・インスリン」にフォーカスしすぎると、もう一つの大事なポイントを見失ってしまうのです。


どういうことかと言うと、(この研究の詳細は分かりませんが)いくら糖質を厳しく制限しても、肉や脂質・野菜などの増やし方が足りないと、人によっては、結局カロリー制限ダイエットと似たように空腹を我慢することになり、その場合はこれまでのダイエット同様リバウンドする可能性があると考えています。

糖質制限ダイエットでは糖質を減らすことがポイントと言われますが、私は糖質を減らすと同時に、「肉・脂質・繊維質の野菜、乳製品など含めて消化の悪い食べ物をいかに増やすか」がむしろポイントだと思っています。そしてそれによって、空腹感が減り、吸収率を下げることが必要だと思っています(カロリーを気にして、油脂を減らさないこと)。

糖質を厳しく制限すれば、痩せるスピードは早まるでしょうが、スイーツなど含め糖質をそこまで厳格に禁止する必要もなかったのではないでしょうか?大切なのは無理せず、持続できることです。

<参考文献>
[1]ジェイソン・ファン.「The Obesity Code」, 2019, Pages 171-6.
[2]Pages 178-9.
[3]Pages 182-4.
[4]Pages 184-8.

まとめ

・1990年代の低炭水化物ブームの再燃をうけて、アメリカでは2000年代の初めに、アトキンスダイエットは一大ブームとなった。短期的に見れば、アトキンス法は体重が減っただけでなく、血圧、コレステロール値、血糖値などすべての数値が、大幅に改善していた。

・しかし、長期的な研究では、低脂質ダイエットなどと同様にリバウンドし、1年後には低炭水化物のすべての利点は失われていた。「炭水化物・インスリン仮説」は不完全な理論であり、多くの研究者がこの理論を捨て去る。炭水化物の量そのものが肥満を決定しているのではなかった。

・(私の考え)炭水化物の摂取量や、血糖値・インスリンだけが問題ではない。このアトキンス法のもう一つのポイントは、炭水化物以外の「消化の悪い食べ物をいかに増やすか」であると考える。私の言う、基本体重(Base weight) に変化がない場合、基本的に元の食事に戻せばリバウンドは起こりうる。

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